俳優・岸谷五朗さんと、元プリンセス プリンセスのボーカル・岸谷香さんの息子である岸谷蘭丸さん。
2024年12月に両親の正体を公表し大きな話題となりました。
それまでは「柚木蘭丸(ゆのきらんまる)」という活動名で、YouTubeやTikTokなど、幅広いジャンルの情報を発信し、人気を集めていましたね。
しかし、その背景には、著名な両親を持つがゆえの葛藤と、一人の人間として認められたいという強い思いがあったのです。
この記事では、岸谷蘭丸さんの生い立ちから病気、そして現在の実業家としての活動に至るまでの道のりを、詳しく解説します。
ぜひ最後までお付き合いくださいね。
岸谷五朗の息子は岸谷蘭丸!母親は岸谷香!
2001年7月7日に東京都で生まれた岸谷蘭丸さん。
俳優・岸谷五朗さんと、元プリンセス プリンセスのボーカル・岸谷香さんのもとに誕生しました。
名前の「蘭丸」については特に意味はないのだそうです。
ご両親が「丸」のつく名前にしたかったことと、音の響きからお母様が主導で名付けたといわれています。
どこか温かみを感じるエピソードですね。
小さい頃の蘭丸さんは、明るくひょうきんで、人の輪の中心にいるのが好きな子供でした。
幼いころの蘭丸さんを想像するだけで微笑ましいです。
特にトーク力で人を惹きつけるタイプで、昔からその才能は蘭丸さんの生命線だったといいます。
まさにそれが今の活動にも繋がっているのかもしれませんね。
岸谷蘭丸の病気とは?挫折を経験した幼少期
岸谷蘭丸さんは、順風満帆な幼少期ばかりではありませんでした。
4歳か5歳の頃、小児リウマチという免疫疾患を発症し、入退院を繰り返す生活を送ります。
幼稚園も半分近く欠席するほどだったとは、幼いながらに大変なご苦労をされたことでしょう。
しかし、ご両親は病気を理由に蘭丸さんの可能性を狭めることはありませんでした。
スイミング、スキー、テニスなどのスポーツをはじめ、ピアノや英会話など多くの習い事をさせてくれたといいます。
ご両親の愛情と期待が伝わってきますね。
特に習い事の送迎はお母様の担当で、毎日のお弁当作りから子育て、仕事までを両立する姿は、蘭丸さんにとって大きな影響を与えたようです。
小学校受験では、初めて「負け」を経験します。
特別扱いされることに慣れていた幼い蘭丸さんにとって、この経験はきっと大きな衝撃となったことでしょうね。
その後の蘭丸さんの成長に大きく影響することになったのではないでしょうか。
蘭丸さんは、「自分も特別じゃなきゃいけない」という意識を持つきっかけになったと振り返っています。
その後、トキワ松学園小学校に進学してからも、人と同じことに苦手意識を感じていたようです。
幼少期から、個性を尊重するご家庭で育った影響なのかもしれないと思いました。
岸谷蘭丸の中学時代の挫折とは?アメリカ留学を決断!
岸谷蘭丸さんは、早稲田実業学校中等部に進学されますが、中学2年生の頃から学校に合わなくなり、不登校気味になったとのこと。
目標を見失い、周りの努力の意味が分からなくなったといいます。
多感な時期によくある悩みかもしれませんね。
留年寸前の成績でなんとか中学を卒業すると、高校には進学せず、アメリカのニューヨークに留学することを決意します。
15歳でのこの決断、大きな勇気が必要だったでしょうね。
全寮制の高校で、様々な国からの留学生と生活する中で、蘭丸さんは初めて本気で勉強に取り組みます。
環境が大きく影響したのでしょうか。
特に高校1年生の頃は死ぬ思いで勉強し、良い成績を収め、大きな達成感を得ました。
その結果、高校を飛び級で卒業するという異例の経験をします。
蘭丸さん、目覚ましい変化ですね!
大学受験では、アメリカのフォーダム大学に合格するも進学せずに浪人。
その後、イギリスのユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)とイタリアのボッコーニ大学に合格し、2022年9月にボッコーニ大学に進学しました。
このような素晴らしい経歴は、まさに蘭丸さんの努力の賜物だと感じます。
世界ランキング上位の大学で経済学を学ぶいっぽうで、彼は新たな活動を始めていました。
蘭丸さんの行動力の高さを物語っていますね。
「柚木蘭丸」としてのネット活動と葛藤とは?
2021年頃から、岸谷蘭丸さんは「柚木蘭丸」という別名でYouTubeやTikTokでの動画投稿を開始します。
本名を隠していた理由について、彼は「親の七光り」ではなく、一人の人間として自分を見てほしかったからだと語っています。
また、著名な両親に迷惑をかけたくないという思いもあったといいます。
息子としての父親・母親に対する愛と絆を感じてしまいますよね。
思わず、じーんとしてしまいました。
蘭丸さんの動画の内容は、当初はエンタメ系の企画が中心でしたが、次第に政治経済や国際問題、LGBTQなど、幅広い知識に基づいた自身の意見を発信するようになります。
動画をみていると、蘭丸さんは知的好奇心にあふれた方なのだと感じさせられます。
蘭丸さんの情報発信は、歯に衣着せぬ物言いで多くの支持を集め、どんどんフォロワーを獲得してきました。
コメント欄は、蘭丸さんの発言に共感するものであふれています。
しかしその一方で、本名を隠していることへの後ろめたさや、常に両親の存在を意識してしまう葛藤も抱えていたのだそうです。
ずっと、複雑な心境だったのかもしれませんね。
岸谷蘭丸は実業家に!新たな挑戦とは?
大学在学中の2023年、蘭丸さんは海外のトップ大学に合格するための英語指導やエッセイ指導を行う専門塾「MMBH」を設立します。
自身も海外留学で苦労した経験から、既存の留学エージェントの質の低さや情報格差といった問題意識を持つようになったといいます。
蘭丸さんは、「機会の格差」「情報の格差」「金銭的な格差」が日本人の留学を阻んでいると考え、自身の事業を通じてこれらの課題を解決したいと考えています。
そして、ご自身がさまざまな語学教育を受けてきた経験を活かし、無駄のない最短コースで語学を身に付けるメソッドを提供しているのです。
これは、語学を習得したい人にとっては、すばらしく理想的なことですよね!
私も指導を受けたいくらいです!
蘭丸さんは、さらに2024年には、世界各地の海外大学の情報や現地の日本人学生の体験談などを掲載するメディアプラットフォーム「留パス」を設立。
また、自身も通っていたLiberty English Academyと業務提携し、質の高い英語教育を提供することにも力を入れています。
これらの教育事業を通じて、蘭丸さんは単に利益を追求するだけでなく、「社会のため人のためになるサービス」を提供したいという強い思いを持っています。
恵まれた環境に生まれた者としての義務感も、蘭丸さんの活動の原動力となっているようです。
既存の質の低い留学・英語ビジネスを淘汰し、本当に価値のあるものを提供したいという強い信念を持って事業に取り組んでいます。
「岸谷蘭丸」の本名公表、そして新たなステージへ
2024年11月28日、蘭丸さんは『ABEMA Prime』の生配信で、自身の本名が岸谷蘭丸であり、両親が岸谷五朗さんと岸谷香さんであることを初めて公表しました。
これは蘭丸さんにとって、とても大きな決断だったことでしょう。
同年12月5日には自身のYouTubeチャンネルでも改めて本名での活動を発表。
本名公表の理由について、蘭丸さんは事業を本格的に展開していくうえで本名の方が信頼を得やすいと考えたとあかしています。
また、ゴシップとして消費される前に自分から公表したいという思いがあったとも語っています。
今後は、YouTubeなどの活動も本名で行い、自身の事業の価値や海外留学に関する情報を積極的に発信していく意向を示しています。
両親との関係については、お互いに干渉しない独立した大人としての関係性を築いていると語っています。
両親へのリスペクトは持ちつつも、親の七光りではなく、「岸谷蘭丸」という一人の人間として社会で自立したいという強い意志を持っています。
また、将来的に政治家を目指していることも明かしており、それまでに実業家として成功し、経済的な基盤を確立したいと考えているのだそう。
蘭丸さんの目標は壮大ですね。
期待してしまいます!
岸谷蘭丸の親は岸谷五朗と岸谷香!病気と闘い世界3位の大学、起業までの軌跡!まとめ
幼少期の病気、小学校受験での挫折、そして海外での学びを経て、岸谷蘭丸さんは著名な両親の存在を意識しながらも、自身の道を切り開いてきました。
「柚木蘭丸」としての活動で培った発信力と、実業家としての経験を活かし、今後は本名である「岸谷蘭丸」として、教育分野を中心に更なる活躍が期待されます。
蘭丸さんの波瀾万丈な人生と、社会貢献への熱い思いは、多くの人々に勇気と刺激を与えるのではないでしょうか。
コメント