幅広い世代から人気を集めている、俳優の柳葉敏郎さん。
一世風靡セピアのメンバーとして一躍有名になり、トレンディドラマ俳優としても大ブレイクを果たしましたね。
今回は、柳葉敏郎さんが奥さん・子供と一緒に出身地である秋田県に移住してからのエピソードを中心にご紹介します。
柳葉敏郎の妻(嫁)の年齢、結婚・馴れ初めは?
柳葉敏郎さんは、1997年に、もともと柳葉さんのファンだったという女性、裕子さんと結婚しました。
妻は1973年生まれで、柳葉さんより12歳年下の51歳、静岡県熱海市出身の資産家の娘であるといわれています。
1994年、柳葉敏郎さんと裕子さんは出会いました。
芸能界でも指折りのゴルフの腕前を持つ柳葉敏郎さんが、この年開催されたゴルフのフジサンケイクラシックのプロアマ戦に出場した際、女性ファンから手紙を受け取ったのです。
手紙には、柳葉さんに強いあこがれを抱いているという熱い思いと電話番号が書かれていたのだといいます。
当時の柳葉さんは、トレンディドラマ俳優としてひっぱりだこでしたから、ファンレターを受け取ることなどは珍しいことではなかったでしょう。
しかし、このときは柳葉敏郎さん自身もなぜかわからないけれど、書かれていた番号に電話をかけたのでした。
そこから、交際に発展したのだといいます。
その女性が、裕子さんでした。
約4年間の交際期間を経て、ふたりは結婚に至りました。
柳葉敏郎と妻の子供は一男一女!子育てをめぐって夫婦喧嘩も!?
柳葉さんご夫妻はとても仲が良く、ショッピングやカラオケを一緒に楽しむことなどが多かったそうです。
ふたりの間には、2000年に長女が、2008年に長男が誕生しています。
子供が生まれてからは、子育てをめぐって夫婦で対立することもあったようです。
柳葉さんも裕子さんも、子供たちの教育にはそれぞれ考えがあったのですね。
お嬢様育ちといわれる裕子さんは、都会の恵まれた環境で子育てをすることを希望していましたが、柳葉さんは独身の頃から、子供が生まれたら故郷の秋田に戻って、大自然の下でのびのびと育てたいと考えていたのだそうです。
柳葉さんが、長女が幼稚園に入園したタイミングで、「秋田で子育てしたいと思っている」と申し出ましたが、裕子さんは「えっ、聞いてない」と一蹴したといいます。
それぞれ正反対の考えがぶつかり合い、対立しました。
柳葉さんは「娘が小学校に入るときまでに考えておいてほしい」と頼んだそうです。
そして、幼稚園を卒業するタイミングでもう一度、秋田移住を提案すると、裕子さんからは「わかりました、行きます」と同意してもらえたといいます。
夫婦で意見がぶつかっても、それはお互いが子供のためを思って本心を明かしあったことであり、結局納得してひとつの結論をだしたのですから、立派なご夫妻だと思いました。
柳葉敏郎の妻が秋田移住後ひと月で「東京に戻りたい」発言!?
晴れて秋田移住を実現できた柳葉さん一家ですが、わずかひと月経ったころ、奥さんから衝撃の発言が!
「東京に戻りたいんだけどな」
こうハッキリ訴えられてしまったのだとか。
奥さんには、立派な言い分がありました。
知り合いもいないし、言葉もわからない。
買い物に行けば、ジロジロ見られたり、カゴの中までのぞかれたりしたのだそうです。
そして、「柳葉の家の今日の食事はこれか」という言葉を浴びせられることも。
これはたしかにたまらないですよね!
プライベートをすべてのぞかれているようで、奥さんの気持ちを想像すると、生まれ育った東京に戻りたくなってもしかたないでしょう。
きっと、奥さんからこんなことを打ち明けられて、柳葉さんも辛かったことと思います。
柳葉敏郎がPTA学年部長に!地元コミュニティに参加し状況打破!
柳葉さんは考えました。
「じゃあ、俺は何をしようか?」
そして考えついたのが、子供の学校のPTA役員を引き受けるということでした。
柳葉さんは、自身でもこれならできる、と考えた「学年部長」になったのです。
司会をするなどの活動をしていくうちに、ほかのお母さん方が、柳葉さんの奥さんとコミュニケーションを取るようになっていったのでした。
このように自ら地元のコミュニティーに参加することで、みごと状況を打破した柳葉さん。
今となっては、秋田移住にして最高!という結果だそうです。
奥さんだけでなく、子供たちにとってもとてもよい結果となったのではないでしょうか。
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